広告予算の判断はほぼ毎日ROAS(Return on Ad Spend、広告費に対する売上の倍率)を見ながら行われていると思います。足すか、絞るか、止めるか。その基準になるのが目標ROASで、根拠になるのが損益分岐ROASです。
日本から在庫を持ち込んで米国で売る事業の場合、この数字を出すのが難しい理由は計算式ではありません。材料が複数の場所に分かれ、判断より遅れて届くことです。3PL(Third Party Logistics、物流委託先)の請求書は月末締め、インボイスと通関書類は入港後、仕入レートはロットごとに違う。今週の予算を決める時点で、今週売れた1点の本当の原価は確定していません。
この記事では損益分岐ROASの構造を整理したうえで、実務でいちばん効いてくる点を扱います。つまりこの数字が一つに定まらず注文構成によって動くということです。
用語の整理
先に言葉を揃えておきます。
貢献利益は金額です。 売上から、その注文を顧客に届けるまでにかかった変動費をすべて引いた残りです。着地原価(商品原価に国際輸送費、通関費用、関税を加えたもの)、国内配送、3PL、決済手数料、返品、そして広告費。ここまで引いた金額を指します。
ただし損益分岐ROASを出すには途中の段階が必要になるので、貢献利益を2段階に分けて呼びます。CMはContribution Margin(貢献利益)の略で、数字は差し引く段階を表します。
| 呼び方 | 内容 | |
|---|---|---|
| CM1 | 広告費を引く前の貢献利益 | 売上 − 着地原価 − 国内配送 − 3PL − 決済手数料 − 返品コスト |
| CM2 | 広告費を引いた後の貢献利益 | CM1 − 広告費 |
この記事で貢献利益と書くときはCM2を指します。
どちらも金額です。率で見るときは対売上比になります。CM1率 = CM1 ÷ 売上。判断に使うのは金額のほうですが、ROASの計算には率が要ります。
損益分岐ROASの式はこの率から出ます。売上をr、広告費をaとするとCM2 = CM1率 × r − a。これがゼロになる点が損益分岐なのでa = CM1率 × r。ROASはr ÷ aなので、
損益分岐ROAS = 1 ÷ CM1率
| CM1率 | 損益分岐ROAS |
|---|---|
| 55% | 1.82 |
| 50% | 2.00 |
| 45% | 2.22 |
| 40% | 2.50 |
| 35% | 2.86 |
| 30% | 3.33 |
| 25% | 4.00 |
CM1率をどう出すか
Shopifyのレポートで原価として持てるのは、手入力した商品原価だけというケースがほとんどです。国際輸送費も関税もそこには載りません。結果としてレポート上の粗利率が独り歩きし、それが広告予算の暗黙の基準になります。
スキンケアの主力SKU(Stock Keeping Unit、在庫管理上の最小単位)で見てみます。
- 販売価格 48ドル
- 商品原価 12ドル(仕入1,800円、当該ロットの仕入日レート150円/ドル)
- 送料無料で販売(配送費はブランド負担)
- 決済手数料は2.9% + 0.30ドル
- 返品率8%、返品1件あたりのコスト27.50ドル(返送送料、検品、再梱包、再販不能分の着地原価の合計)として按分
レポート上の粗利率は75%。この数字で計算すると損益分岐ROASは1.33です。変動費をすべて並べるとこうなります。
| 項目 | 金額 | 売価比 |
|---|---|---|
| 販売価格 | $48.00 | 100.0% |
| 商品原価 | −$12.00 | 25.0% |
| 国際輸送費・通関(SKU按分) | −$1.10 | 2.3% |
| 関税 | −$1.50 | 3.1% |
| 国内配送(顧客への送料) | −$6.50 | 13.5% |
| 3PL ピック/パック | −$2.40 | 5.0% |
| 決済手数料 | −$1.69 | 3.5% |
| 返品コスト | −$2.20 | 4.6% |
| CM1 | $20.61 | 42.9% |
CM1率は42.9%、損益分岐ROASは 2.33。粗利率から出した1.33との差はちょうど1.0ポイントです。
ROASが1.33から2.33のあいだにあるキャンペーンは、管理画面では健全に見えます。実際にはCM2がマイナスです。数値が悪くないぶん止める判断も出にくくなります。
ここからが本題です。
損益分岐ROASは注文構成とともに動く
上の2.33は「48ドルの単品注文、配送費はブランド負担」という条件での数字です。条件が変われば同じ商品でも損益分岐ROASは変わります。
いちばん効くのが送料無料ラインです。
送料無料ラインを50ドルに置いているとします。48ドルの単品を買う顧客はラインに届かないので配送費を負担し、そこに4ドルの小物を足した顧客はラインを超えて送料無料になります。
小物は原価1.20ドル、輸送費と関税の按分が0.20ドル増えるとします。
| A:48ドル(顧客が配送費負担) | B:52ドル(送料無料) | |
|---|---|---|
| 商品売上 | $48.00 | $52.00 |
| 商品原価 | −$12.00 | −$13.20 |
| 国際輸送費・通関・関税 | −$2.60 | −$2.80 |
| 国内配送(正味) | $0 | −$6.50 |
| 3PL ピック/パック | −$2.40 | −$2.40 |
| 決済手数料 | −$1.88 | −$1.81 |
| 返品コスト | −$2.20 | −$2.20 |
| CM1 | $26.92 | $23.09 |
| CM1率 | 56.1% | 44.4% |
| 損益分岐ROAS | 1.78 | 2.25 |
注文BはAより売上が4ドル多いのに、CM1は3.83ドル少なくなります。
送料無料ラインのすぐ上にある注文が、そのブランドで最も利益効率の悪い注文になります。しかもマーケティング側から見るとBは「AOV(Average Order Value、平均注文単価)が上がった成功例」です。あと少しで送料無料になりますと促すカート内アップセルが、CM1をむしろ削っている場合があります。
損益分岐ROASも1.78と2.25で0.47ポイント離れています。ブランド全体の損益分岐ROASとはこの分布を注文構成で加重平均したものです。一つの数字として扱った瞬間に判断の精度が落ちます。
実務としては注文金額帯ごとにCM1率を出し、送料無料ラインの位置が妥当かを検証する価値があります。55ドルに上げるか、送料無料をやめてサンプル同梱などの特典に置き換えるか。この判断は金額帯別のCM1がないとできません。
米国内で仕入れるブランドとの差
同じカテゴリの競合が同等品を48ドルで売っているとします。原価も同じ12ドルで、仕入だけ米国内と仮定します。
違うのは2行だけです。
| 日本から仕入れる場合 | 米国内で仕入れる場合 | |
|---|---|---|
| 国際輸送費・通関 | −$1.10 | $0 |
| 関税 | −$1.50 | $0 |
| CM1率 | 42.9% | 48.4% |
| 損益分岐ROAS | 2.33 | 2.07 |
差は0.26ポイント、率にして約13%。小さく見えますが、同じ顧客を同じ媒体で取り合ってROASが2.2で並んだとき、相手は黒字でこちらは赤字です。
この差は固定ではありません。円安に振れれば縮み、円高に振れれば開きます。損益分岐ROASは為替とともに動く数字です。前期に設定した目標ROASが今期も正しいとは限りません。
米国D2Cのベンチマークとして流通しているROAS水準は、上表の右側のコスト構造を持つブランドから算出されています。同じ数字をそのまま目標に置くと必要水準を下回ります。ベンチマークが誤っているのではなく前提が違うということです。
見積もりと実績がずれやすい3か所
材料を集める段階でずれが出やすい箇所を挙げます。
1. 容積重量
国内配送料は実重量と容積重量の重いほうで課金されます。容積重量は箱の縦横高さから換算した重量で、軽くて大きい荷物ほど実重量より重く扱われます。
ここで効いてくるのが日本から届く在庫が現地市場向けの梱包仕様のまま入ってくるという点です。厚めの緩衝材、化粧箱ごとの保護、ギフト仕様の外装。長距離輸送を考えれば理にかなった設計ですが、そのまま国内配送に載せると中身が軽くても容積重量側で課金されます。中身がまったく同じでも、25×20×10cmの箱と30×24×14cmの箱では容積が約2倍違います。
外装の設計変更は配送費に直接効く数少ない打ち手のひとつです。3PLに直近3か月の箱サイズ別出荷構成を出してもらい、どのサイズに寄っているかを見るところから始められます。パッケージの決定権が日本側にある場合はこの数字がそのまま交渉材料になります。
2. 配送ゾーン
入港地から倉庫までの陸送費とリードタイムを考えると西海岸に3PLを置くのは合理的です。入荷側のコストは確実に下がります。
ただし顧客が東海岸に偏っている場合、ほぼすべての出荷が遠距離ゾーンで課金されます。1件あたり1ドルから2ドルの差が全注文に乗ります。上の例ではCM1が20.61ドルなので、1ドルの差で約5%、2ドルなら約10%に相当します。
入荷側で最適化した拠点選定が出荷側で毎日コストを生んでいるという構図です。注文データを州別に集計して重心を確認し、東西2拠点に分けるか拠点を移すかを検討する価値があります。判断材料は自社の注文データの中にあります。
3. 返品の在庫損失
返品コストを返送送料だけで計算すると足りません。返送送料に加えて検品、再梱包、そして再販できなかった分の在庫損失が乗ります。
このうち在庫損失の単価は、日本から仕入れる場合は構造的に高くなります。その1点にはすでに国際輸送費と関税が乗っているからです。米国内で仕入れているブランドなら商品原価分の損失で済むところが、着地原価分の損失になります。返品率が同じでも1件あたりのダメージが違います。
返品率をKPIに置いているチームは多いと思いますが、CM1で見るなら率よりも返品後に再販できた比率のほうが効きます。ここを3PL側で計測できているかどうかは確認する価値があります。
目標ROASを逆算し、3段階で管理する
損益分岐ROASが出れば目標値は逆算できます。売上の10%をCM2として残したい場合、
目標ROAS = 1 ÷(CM1率 − 目標CM2率)
= 1 ÷(0.429 − 0.10)
= 3.04
週次の判断は3段階に整理できます。
- 2.33未満 回すほど現金が減る。停止または大幅減額を検討する
- 2.33から3.04 黒字だが目標未達。改善余地を探る
- 3.04以上 目標達成。増額を検討する
もう一段踏み込むなら判断すべきは平均ROASではなく限界ROASです。予算を増額したとき追加した1ドルがどのROASを返すか。平均が3.0を超えていても増額分だけを見ると損益分岐を割っていることは頻繁にあります。増額の前後で数字を分けて記録しておくと、この判断ができるようになります。
精度についての注意
媒体申告のROASには重複があります。 各媒体が自社基準でコンバージョンを計上するため、複数媒体のROASをそのまま合算すると売上が実際より大きく出ます。Shopify側の実売上を分母に置いた自社計算のROASを併用するのが望ましいところです。
3PLの保管料は変動部分と固定部分を分けます。 荷量に比例する部分はCM1に含め、固定契約分や最低請求額は外すのが本来です。混ぜると販売数量が落ちたときにCM1率が実態より悪く見えます。
原価はロット単位で持ちます。 為替も運賃も輸入ロットごとに違います。特に欠品を避けて航空便に切り替えたロットは運賃が大きく変わります。最新の仕入価格を全在庫に当てるとこの差が消えてしまいます。ロットごとに原価を分けて持つと、その判断が利益率にどう効いたかまで追えるようになります。
自社の数字を出す手順
主力SKU1点から始めれば1時間ほどで出せます。
- 直近の輸入1ロットからインボイス金額、国際輸送費、通関費用、関税額を集め、数量で割る
- 3PLの直近1か月の請求書から出荷1件あたりのピック/パックと変動保管費を算出する
- 国内配送は見積もりではなく直近実績の平均値を使う(箱サイズ別に分けるとなお良い)
- 決済手数料は実績の請求額から取る
- 返品コストは返送送料、検品、再梱包、再販不能分の着地原価を含めて按分する
- 1から5を売価から引いてCM1を出し、売上で割ってCM1率を出す
- 1をCM1率で割る
- 注文金額帯を3つほどに分け、それぞれで1から7を繰り返す
8まで進めると、損益分岐ROASが一つに定まらないことが自社のデータで確認できます。そこに現在の目標ROASを重ねるといまどの水準に予算が集中しているかが見えます。
続けるための仕組み
ここまでの計算は1回やるだけなら1時間で終わります。難しいのはこれを毎月続けることです。
輸入のたびに運賃と関税を按分し直し、ロットごとの仕入レートを引き当て、3PLの請求書からSKU別に費用を割り戻し、返品の再販可否を反映する。SKUが50を超え、輸入ロットが重なり、為替が動けば手作業では追いつきません。途中から概算に切り替わり、その概算のまま広告予算が決まっていきます。
craft8はこの計算を毎日自動で回すために作りました。Shopifyと広告媒体をつなぎ、そこにインボイス、通関書類、3PLの請求データを取り込んでSKU単位・注文金額帯別のCM1とCM2を毎朝出します。損益分岐ROASも為替とロット構成が変われば自動で更新されます。
自社のSKUで計算してみて数字が合わない、3PLの請求明細からどう費用を割り出せばいいか分からない。そうしたところで手が止まったらDMをいただければ一緒に整理します。実際の明細を見ながらのほうが早いことが多いです。