前回の記事の最後に、注意点として一行だけ書きました。
媒体申告のROASには重複があります。各媒体が自社基準でコンバージョンを計上するため、複数媒体のROASをそのまま合算すると売上が実際より大きく出ます。
今回はこの一行が、実際にいくらの差になるのかを扱います。とくにEC運用を外部に委託している場合、この差がそのまま経営判断のずれになります。
外注していて、こういう状態になっていないでしょうか。月次報告ではROAS(Return on Ad Spend、広告費に対する売上の倍率)は目標を超えている。CPAも改善している。グラフは右肩上がり。担当者の対応にも不満はない。それでも銀行口座の残高が思ったほど増えていない。
代理店の能力を疑う前に、5分で確かめられることがあります。
最初にやること
報告書を開いて、各媒体が申告した売上をすべて足してください。
たとえばこういう数字が並んでいたとします。
| 媒体 | 広告費 | 申告売上 |
|---|---|---|
| Meta | $7,000 | $22,000 |
| $4,000 | $14,000 | |
| TikTok | $1,000 | $6,000 |
| 合計 | $12,000 | $42,000 |
報告ROASは 42,000 ÷ 12,000 で 3.5。目標を超えています。
次にShopifyの管理画面で、同じ月の総売上を見てください。仮にそれが 38,400ドル だったとします。
申告合計42,000ドルは、店舗の総売上38,400ドルの109%にあたります。
店舗の総売上には、オーガニック検索も、メールも、直接流入も、リピート購入も含まれています。それらをすべて広告の成果としても足りない金額を、媒体は申告していることになります。
計算間違いではありません。各媒体が同じ1件のコンバージョンを、それぞれ自社の成果として計上しているからです。Metaの広告を見た人が後日Google検索から購入した場合、その1件はMetaにもGoogleにも計上され得ます。
超過するかどうかは構成比によります。ただ申告合計が総売上の8割を超えているなら、その数字は判断には使えません。 オーガニックもメールもリピートも存在しないことになってしまうからです。
この足し算を、まずやってみてください。
その差が利益にどう出るか
Shopify側で広告経由と識別できる売上が、38,400ドルのうち70%の 26,880ドル だったとします。ここは仮定です。実際の比率は自社の計測環境で確認する必要があります。
実質のROASは 26,880 ÷ 12,000 で 2.24。報告された3.5ではありません。
ここに原価を通します。前回と同じ販売価格48ドルの商品で、560件の注文です。
| 項目 | 1件あたり | 560件 |
|---|---|---|
| 売上 | $48.00 | $26,880 |
| 商品原価 | −$12.00 | −$6,720 |
| 国際輸送費・通関 | −$1.10 | −$616 |
| 関税 | −$1.50 | −$840 |
| 国内配送 | −$6.50 | −$3,640 |
| 3PL ピック/パック | −$2.40 | −$1,344 |
| 決済手数料 | −$1.69 | −$948 |
| 返品コスト | −$2.20 | −$1,232 |
| CM1 | $20.61 | $11,540 |
| 広告費 | −$12,000 | |
| CM2 | −$460 |
CM2はマイナスです。
前回出したこの商品の損益分岐ROASは2.33でした。報告値の3.5は余裕で超えています。実質の2.24は下回っています。判断の分かれ目は、この2つの数字のあいだにあります。
報告書の上では目標達成。実際には現金が減っている。この状態は、報告値だけを見ている限り検知できません。
報告ROASを目標に置くと何が起きるか
もう一つ、外注していると見えにくい部分があります。
代理店は渡された指標を最大化します。それが仕事だからです。そしてROASを最大化する最も確実な方法は、すでに買う気がある人に広告を当てることです。
具体的にはブランド名の指名検索と、サイト訪問済みの人へのリターゲティングです。この2つはROASが高く出ます。もともと購入する予定だった人が広告経由で買った場合も、成果として計上されるからです。
報告ROASは改善します。新規顧客は増えていません。
確かめ方があります。広告費全体のうち指名検索とリターゲティングに使われている割合を、月ごとに出してもらってください。 この比率が上がりながらROASも上がっている場合、広告は新しい需要を作らずに既存の需要を刈り取っている可能性があります。
もう一点。代理店の報酬が広告費に対する割合で決まる契約の場合、広告費が増えれば代理店の売上も増えます。これは悪意の話ではなく契約構造の話です。だからこそ利益側の基準は発注側が持つ必要があります。
代理店に聞くべき3つの質問
責める必要はありません。この3つを渡すと代理店の仕事はむしろやりやすくなります。判断基準がはっきりするからです。
1. 新規顧客だけのROASを出せますか
報告されるROASには、リピート購入が含まれていることがほとんどです。
先ほどの例で広告経由売上26,880ドルのうち40%がリピートだった場合、新規獲得分は16,128ドル。新規だけで見たROASは 1.34 です。
ほとんどの代理店はこの数字を出せます。聞かれないから出していないだけです。
2. 指名検索とリターゲティングの構成比を3か月分ください
上で書いた確認です。比率の推移を見れば、広告が需要を作っているのか刈り取っているのかがある程度分かります。
3. 直近3か月でうまくいかなかった施策を3つ挙げてください
これは数字ではなく関係の質問です。
失敗を具体的に挙げられる代理店は、実験と記録をしています。すべて順調という報告しか出てこない場合は、成果が良いのではなく測定の粒度が粗い可能性があります。
答えの内容よりも、答えられるかどうかを見てください。
ROASの代わりに何を渡すか
質問をするだけでは、来月も同じ報告書が届きます。
渡すべきは自社の損益分岐ROASと、そこから逆算した目標値です。前回の記事で出した3段階がそのまま使えます。
- 2.33未満 回すほど現金が減る。停止または大幅減額
- 2.33から3.04 黒字だが目標未達。改善余地を探る
- 3.04以上 目標達成。増額を検討する
この3つの水準を渡すと会話が変わります。「ROASが落ちました」という報告に対して「その水準ならまだ黒字なので継続してください」と言える。逆に「その数字だと赤字なので止めてください」とも言えます。
判断ができるようになるということです。
そしてこの数字は代理店には作れません。3PL(Third Party Logistics、物流委託先)の請求書も、通関書類も、仕入のインボイスも、普通は代理店の手元にはないからです。原価の情報を持っているのは発注側だけです。
広告の運用、クリエイティブ制作、日々の入札調整。これらは任せられます。1件の注文からいくら残るのか、損益分岐ROASはいくつなのか。これは自社が持つべき数字です。
最初の一歩
今月の報告書で足し算をしてください。媒体の申告売上の合計と、Shopifyの総売上を比べる。5分で終わります。
その次に主力商品1点で上の表を作ります。3PLの請求書、通関書類、仕入のインボイス、決済手数料の明細。この4つがあれば出ます。手順は前回の記事に書いたとおりです。
難しいのはこれを毎月続けることです。輸入のたびに運賃と関税を按分し直し、ロットごとの仕入レートを引き当て、3PLの請求書から商品別に費用を割り戻す。人員に余裕のない体制では2か月目には概算に変わり、3か月目には止まります。
craft8はこの計算を毎日自動で回すために作りました。Shopifyと広告媒体をつなぎ、そこに通関書類と3PLの請求データを取り込んで、商品単位のCM1とCM2を毎朝出します。ダッシュボードの一番上には、先週いくら残ったのかと、いつもと違う動きがあったかだけが出ます。異常がなければそれだけ見て閉じてもらって構いません。
代理店を置き換えるものではありません。代理店に渡す基準を発注側に持つためのものです。
足し算をしてみて数字が合わない。どの費用をどう按分すればいいか分からない。そうしたところで手が止まったら、Xまでご連絡ください。実際の明細を見ながらのほうが早いことが多いです。
X:https://x.com/craft8io